「仲善の43年を語る『薬草とともに生きる』仲本勝男」第1回(全4回)
創業1968年。ノニやウコンを中心に健康食品を全国に通販の仲善

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さわやかな朝は健康のあかし
農業生産法人 株式会社仲善
創業1968年。ノニやウコン、グァバ、クミスクチンなど、アジアンハーブを活かした健康食品を全国に通販。2001年開園の「くるくまの森」は沖縄県南部の新たな観光スポットとして注目の的。注目のノニ・ウコン商品をぜひ。

農業生産法人 株式会社 仲善
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「仲善の43年を語る『薬草とともに生きる』仲本勝男」第1回(全4回)

 
みなさまのおかげをもちまして、
仲善は今年(2011年)創業43周年を迎えました。

それを記念して、創業者の仲本がこれまでの43年間を振り返る特集を企画しました。(全4回)

今回はその第1回をお届けいたします。

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    薬草屋を始めたのは、私自身の経験がきっかけでした。高校時代に柔道をしていたんですが、練習のときに体をへんなぐあいに曲げてしまった。そこから何となく体の調子が悪くなってしまったんですね。それでも若かったし、日常生活に不自由するほどではなかったので、長い間放置してしまったんです。それが後々、大変なことになってしまいました。

高校を卒業した私は日産プリンスの前身であるトリノモータースという会社に就職し車を販売していました。体が急速に悪くなったのは、労働組合の委員長をしていた20代後半のころです。経営者と労働者の板ばさみになる大変な時期でした。おそらくストレスが大きかったのでしょう。最初のうちは「体がだるいな〜」くらいにしか感じていなかったのですが、頭痛も激しくなり、めまいも起こるようになりました。

小便をするのも一苦労で、うまく出てくれないんです。乾くと色が真っ白で、「こりゃ、まずい」と本気で思いましたね。でも病院で血液検査をしたり、あちこち調べてもらっても「異常なし」としか言われないんです。そんなとき、友人から紹介されたのがクミスクチンです。

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2週間で真っ白の小便がもとに戻った


    クミスクチンは前の沖縄県知事の稲嶺惠一さんの父上、稲嶺一郎先生(故人)がインドネシアから沖縄に持ち込んだ薬草です。聞くところによると、別の方が昭和14〜15年ごろに八重山で栽培しようとしたこともあったようですが、戦争が始まってしまい立ち消えになっていた。それを稲嶺先生が再び手がけたというわけなんです。

沖縄にも昔から民間療法として使われていた薬草はたくさんありました。それぞれの家庭や地域で受け継がれてきた、いわゆる伝統的な知恵ですね。稲嶺先生はそれを産業の領域に高めようとしていました。1964年ごろにはクコ茶を作っておられましたが、クミスクチンと出会い、沖縄でもぜひ広めようとされたのです。インドネシア独立の功労者の一人でもある稲嶺先生は、故スハルト大統領とも親交が深かった関係で、気軽にわけてもらったとうかがっています。

    たまたま私は友人に勧められて飲み始めたのですが、ビックリするようなことが次々に起こりました。それまで出の悪かった小便の量が驚くほど増え、体が軽く感じるようになりました。そして2週間もしないうちに体のダルさが取れ、白かった小便も普通に戻っていたのです。

つくづく「世の中には不思議な薬草があるもんだなぁ」と感心してしまいましたね。こんな良いものを自分だけで終わらせるのはもったいない。みんなに紹介しなくちゃいかん、と心底思いましたね。そこで、会社の休みとなる週末を利用して売り歩くようになったのです。それがちょうど40年前の1968年のことです。


「結核」で1年間の入院生活


    とはいっても、最初はまったく売れませんでした。当時、市場に並んでいる薬草といえば、生ウコン、クヮンソウ(アキノワスレグサ)、海人草(マクリ)、フーチバー(ヨモギ)、ンジャナ(ニガナ)くらいで、クミスクチンはほとんど知られていなかったんです。私は自分自身の体で経験しているし、おいしいとも思っているので何とかみんなにも分かってもらいたいと思うのですが、難しかったですね。飲んだ人から「こんなマズイものが飲めるか!」と叱られたりもしましたよ。

    そうこうしているうちに、今度は肋膜(ろくまく)炎で入院することになったのです。これもスポーツがらみなんですが、野球をやっていたときにわき腹をひどく打ってしまった。いま考えると若さとは恐ろしいもので、ちゃんと養生していればいいものを、またまた放置してしまったために、肋膜に水がたまってしまったんです。いまは体に水を吸収させる治療法もあるそうですが、当時は注射器で水を抜くんです。二升抜いたこともありました。

しかし、症状はだんだん悪化していき、しばしば呼吸困難に陥ることもありました。建物の2階に上がるときには、そこまでたどり着くのが大変で、階段が上がれないんです。息ができないため、途中で何度も何度も休みながらようやく2階まで上がるというありさまでした。

酸素が脳に十分行き渡っていなかったのでしょう。そのうち、人の名前も思い出せなくなってしまいました。しばらく考えていると思い出すんですが、すぐには反応できないんですね。相手の言葉を理解するのも難しくなり、認知症のような状態が現れ始めたんです。病院に行くと、「結核」という診断でした。そして即入院となったのです。70年のことです。


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2011年03月11日

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